INTERVIEW

自分を好きになれる子たちを育てる

SPECIAL INTERVIEW
小川 智美さん
株式会社ドリームラボ代表取締役

多様性や社会福祉をキーワードにお送りしているソーシャルスクエアのインタビュー企画、今回が2回目です。今回は、いわき市平にオープンした学童保育スペース「ドリームラボ」代表の小川智美さんにお話を伺いました。小川さんの経歴や子育てに対するビジョン、そして震災の記憶なども伺いながら、なぜ今「学童保育」の場づくりなのかを語って頂きました。

 

いわき市平に、今年4月新しい学童保育の施設がオープンしたのを皆さんご存知ですか? 白銀の飲み屋街をイトーヨーカドーのほうに歩き、公園のある交差点のそばの建物の1階。床に敷かれたフローリングの、ヒノキのふわりとした香り。そして、壁に貼られたたくさんの英語の札や絵が印象的な、子供たちのためのスペースです。

スペースの名前は「ドリームラボ」。三春町出身でいわき市在住の小川智美さんが、今年4月にオープンしました。子供たちが放課後の時間をすごす、いわゆる学童保育の場所ですが、かつて塾講師をしていた小川さんが英語やプログラミングなどさまざまなカリキュラムを提供していて、学童保育と学習塾のちょうど中間のような場所になっています。

ドリームラボを開く前は、15年間塾の講師をしていたという小川さん。まずは、いわきでこのような学童保育のスペースを立ち上げた経緯を伺いました。

具体的にドリームラボの構想が動き出したのは去年の8月頃。ちょうど福島県が主催する創業塾というのがあったんです。3年前に子供が生まれてからずっと子育てをしていて、一切社会と関わってこなかったので、そろそろ起業や独立について学ぼうかなと思って。そこで自分の棚卸ししてるうちに、次第にやりたいことが見えてきた感じですね。

私は働きたい人間なので、パートでっていう選択肢はありませんでした。しっかり自分でキャリアを積める場が欲しいなって思っていたんです。でも、自分がフルタイムで働きたいと思っても、子供を預ける場所がない。それでまず学童はどうだろうかと思うようになって。

小学校の低学年の場合だと、学校で過ごす時間よりも学童で過ごす時間のほうが長く、年間1600時間くらいあるそうです。だったらこの1600時間、たっぷり言語に浸る時間を作ることができたら、英語が勝手に出てくるようになるんじゃないかと思ったんです。

もともとは、学習塾で働いてたんですけれど、全般的に元気のない子供が多かったですね。自信もやる気もなくて、親に無理やり塾に来させられているような生徒ばかりでした。学習塾では、生徒との信頼関係がないと教科に興味を持ってもらえません。ですから、塾の先生には生徒の話を聞いてあげるカウンセラーみたいな役割もあるんです。そこで信頼関係ができると、本音の話をポツポツとしてくれるようになる。

そこで気づいたのは、この子たちは「自分を肯定できていないんじゃないか」ということでした。そんな経験もあり、「子どもの自信を取り戻してあげたい」という気持ちがずっとありました。それが「自分の個性を受け入れ、自分のことを好きになる」というドリームラボ理念につながっています。

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ホワイトボードにはたくさんの英単語。ここでは、外国人講師のネイティブな英語に触れられる。

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お昼過ぎ。まだ子どもたちのいない教室はとても静か。ヒノキの香りがふんわりと香る教室。

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かつて15年間塾講師をしていた小川さん。英語を中心に文系教科を教える講師だった。

―自分を認められてはじめて他人を認めることができる

自分を肯定できない子供たち。塾講師をしていた15年間、小川さんは常にそんな子どもたちと向き合ってきました。しかし、小川さんご本人が、生徒とは違って自分を全肯定できる人間だったかといえば、そうではなかったといいます。「自分も自分のことが嫌いな子供だった」。小川さんは自分の過去を振り返って、そう話をしてくれました。

私は、安積女子高校という郡山市の進学校を出たのですが、高校生活3年間、何もせず寝て過ごしたようなものですね。高校受験で完全燃焼しちゃったんです。高校に入ることが目的だったので、いざ入ってしまったら目的を見失ってしまった感じでしたね。

自分の居場所が見つけられないまま3年間を過ごして、でも行ける大学もなくて。それでちょうど親戚がアメリカに住んでいたので、逃げるようにしてアメリカに行きました。3月1日に卒業して3月15日にはアメリカに行っちゃったんで、ほんと逃げるように(笑)。

4年くらいであちらの学校を卒業して日本に戻ってきました。でも、帰ってくると自分自身が「なんちゃって日本人」みたいになってしまって。日本語でのやり取りに「アハン?」なんて言ってしまうし、「あいつ日本語ちょっとヘタだな」なんて言われたり、日本人同士のやり取りにうまく入っていけなくなってしまったんです。

日本人なのに日本人の輪の中に入れない。そんな中途半端な感じでした。でも、自己主張の強いアメリカで生活してたせいか、いつの間にか自分の気持ちを自分で語れるようになり、「それもいっかな」なんて、自然と自分を受け入れられるようになっていたんです。

アメリカって、自分が言葉を発しないと存在を認めてもらえません。自分の意志をハッキリと伝える、でもそれと同じように誰かの意見も尊重する、そういう文化なんです。みんな違ってていいわけですよ、それでいいんです。自分を認めてあげるところから、多様性を受け入れられる心の状態になっていくんだと思います。

その時に自分を助けてくれたのが英語でした。たった26文字の組み合わせだし、世界で一番簡単な外国語だと思っています。だから起業するときには英語を柱にしようと決めていました。塾講師時代にもずっと英語は教えていましたし。「自分を認めること」が他の誰かを認めることになるということを「英語で」感じることができた。高校時代はダメでしたけど、アメリカでの経験はこうしてドリームラボにも活かされていますね(笑)。

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穏やかに自分の理念やビジョンを語って頂いた小川さん。かつては「自分のことが嫌いだった」という。

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インタビューは、事業の話から子育て、そして教育論へと膨らみ始める。

―子どもたちの自信を取り戻してあげたい

小川さんを起業に駆り立てた思いがもう1つあります。それが「母」としての責任。小川さんは2011年3月11日のあの瞬間を双葉郡大熊町で迎えました。当時富岡町の塾講師をしており、卒業式のあの日は、塾に通う生徒たちと教室の掃除をし、食事をして富岡に戻るときだったといいます。

震災のおかげで「死」がものすごく身近になったような気がします。正直、自分もいつ死ぬかわからないですよね。だから、自分がいつ死んでもいいように、この子には本当に大事なことを身につけてもらいたいと思うようになりました。それは例えば人から可愛がられるとか、みんなの輪の中に入っていけることとか、本当に基本的なことなんですけれど、一番大切なことってそういうことじゃないかと思うようになりましたね。

震災の日は6号線が通れず川内村の避難所あたりで過ごしたんです。その時に、地元の皆さんがおにぎりを配っているのを見て、見ず知らずの人間にそういうことができるのってすごいなって思いました。そこには本質的に「人を思う心」があって。でも自分が逆の立場でできるかなと思ったら、たぶんできてなかったと思うんです。

だからこそ「教育なんだなあ」と思えたし、逆に、自分が学校で教わったことや学習塾で教えてきたことがいかに「うわべ」だけだったかと気づかされることになりました。いかに点数を採るかだけ。学校では、先生の話を聞いてないとはじかれてしまうし、はじかれても、授業はそのまま続いていく。みんながみんな同じでなければならないみたいな、そういう教育ってどうなんだろうと自問してましたね。

繰り返しになりますけれど、ドリームラボでは「子どもの自信を取り戻してあげたい」というのが一番大きいです。川内の人たちのように他人を思いやる心って、まずは自分に対して幸せを感じられないと出てこないと思います。まずは子どものうちに自分を一番の状態にしてあげて、自分がまずは幸せを感じられるようにする。そうでないと、他人を受け入れたり、他人を愛したりできないと思います。

その意味では中学生だと遅すぎるんです。もう少し早い段階で子どもたちと関わりたい。そこで「学童」になりました。もちろん、成長していくうちに嫌いな自分や認めたくない自分も出てくるんですけど、そういう自分も認められるかどうかは、小さいうちにしっかりと自分を大事にできたかどうかが鍵を握っていると思っています。

今の子どもたちは「1回でも失敗したら人生が終わってしまう」みたいに、とても失敗を怖がっているんですね。だからこそ、失敗という経験を訓練する場があったほうがいいんです。小さいうちに何度も転んで、そして転んでも大したことないんだってことを体験していかないといけません。そういう経験を通して、自分の失敗も他人の失敗も受け入れられるようになります。

だから、子どもたちには色んなことを経験させたいと思っています。例えば土いじりとかもやっていますよ。昔は土は身近にあって、「おじいちゃんちで芋掘りやったなあ」って、そういう思い出を語ることができましたけど、今は土も遠いものになってしまいました。便利でとても豊かな世界になったけれど、子どもたちの心は豊かにはなっていないように思います。いろいろなものが満ち足りているから、工夫しなくなってきているのかもしれません。

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プログラミングのカリキュラムでの1コマ。子どもたちは競い合うように楽しみながらプログラミングを学ぶ。(写真提供:ドリームラボ)

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初めて英語を学ぶ子どもたちは、スポンジのように言葉を吸い込み言語を習得していく。(写真提供:ドリームラボ)

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いわき市平の白銀になるドリームラボ。学校まで子どもたちを迎えに行ってくれるので、親にとってはとても助かるサービス。

―多様性を認め合える子どもたちを育てる

小川さんが英語以外に力を入れているカリキュラムがあります。それがプログラミングです。レゴのロボットを使い、パソコンを使って動きをプログラミングしていくもので、半年くらいカリキュラムが進むと、先生のほうから課題が与えられ、チームで競いながら難しいコースの攻略を目指すのだそうです。

面白いのは、1つの課題に対して、みんな違うプログラミングを作るとき。目指すゴールは一緒なのにプロセスが違うんです。先生たちは答えを教えてくれませんから、自分たちで考えなければならないのですが、プログラミングの組み方がみんなそれぞれ違うんですよ。

塾ではみんな同じプロセスで同じ答えを導かなければなりませんけど、プログラミングは違うんですね。しかもその違いがプログラミングとして可視化されるので、後になってみんなでそれを見ることができます。すると、違うチームのプログラミングを尊重しながら、自分たちのプログラミングに改良を加えていくことができるようになる。このプロセスに、とても大事なことがたくさん詰め込まれてるんです。しかもこれをすべて「遊び」のなかで学ぶことができる。目に見えるかたちでハマってますよ、子どもたち。

子どもたちは人と触れ合うことで成長していくので、外部の方にも先生として来てもらうことをよくやっています。ソーシャルスクエア内郷の佐藤有佳里さんに来て頂いて、手話を教えてもらったり「障がいとはなにか」なんてことも教えてもらっています。障害を「知らない」ことが偏見に繋がったりすると思うんですね。だから、子どものうちから多様性を知ってもらうために、佐藤さんのカリキュラムも継続していきたいですね。

ちなみに今、個人的にファシリテーションを学んでいるんです。今の世の中って多数決で決まる世の中ですよね。いろいろなことが数の力で決まってしまうけど、それってとても怖いことだと思うんです。「AかBか」を争うのではなくて、お互い知恵を寄せ合ってCという答えを導いていく。そんな世の中になればいいなと思って。それって教育にも通じる話だと思うんです。対立してしまうと相手の立場に立てなくなってしまいますから。これからは、そんなこともドリームラボのカリキュラムに活かせたらと思っています。

 

profile 小川智美 Tomomi Ogawa
1973年東京都生まれ。父が転勤族だったため、何度も引っ越しを経験し、小学校から田村郡三春町に定住。
アメリカ留学後、学習塾に15年勤務。その後、4年間育児休暇を取り、2014年株式会社ドリームラボ設立。

information dreamLab(ドリームラボ)
http://d-l.jp/
事務所/教室:〒970-8026 いわき市平字白銀町4-13 不二屋第二ビル1F
電話:0246-84-8814

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小松理虔|ヘキレキ舎
小松理虔|ヘキレキ舎
フリーライター。いわき市小名浜在住。UDOK.というオルタナティブスペースを主宰しつつ、地域に根ざした企画、情報発信、地産商品のブランディングや営業支援などを業務とする個人事務所「ヘキレキ舎」を運営中。