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INTERVIEW

柔道には、人を救う力がある

SPECIAL INTERVIEW
酒井 重義さん
judo 3.0 代表/NPO法人ソーシャルデザインワークス監事

柔道には、人を救う力がある

日本伝統のスポーツ「柔道」。その柔道に秘められた福祉と国際交流の力を最大限に引き出す「judo 3.0」という活動が少しずつ広がりを見せています。中心人物は、宮城県在住の元弁護士、酒井重義さん。実は、ソーシャルデザインワークスの監事を務めて頂いている方でもあります。3.0にバージョンアップした柔道の底力とは。酒井さんに聞きました。

柔道と聞いて、皆さんは何を想像するでしょうか。あくまでスポーツ競技、あるいは剣道や柔道と同じような、日本古来の武道としてイメージしている方がほとんどではないでしょうか。今回紹介する酒井重義さんは、そんな柔道のイメージや可能性をグンっとバージョンアップさせた「judo 3.0」の普及を行なっています。

もともと柔道とは、明治時代の柔術家、嘉納治五郎が、各地にあった柔術の諸流派の動きをまとめ、独自の工夫や精神性を取り入れて完成させた武道のことを言います。1882年に始まったとされ、その時期は、日本がちょうど近代国家として生まれ変わりつつあった時期と重なります。柔道は、国策のもとで各学校で必修の科目となり「体育」として全国に普及します。酒井さんは、危険な殺傷術だった柔術が誰でも安全に学ぶことができる「体育」に改良されたことを「judo 1.0」としています。

体育として発達した柔道は、1964年の東京オリンピックで正式種目になり、それ以降急速に国際化します。現在、国際柔道連盟に加盟する国と地域は200カ国近く。日本柔道連盟に加盟する選手の数は16万人ですが、フランスの競技人口は50万人とも言われるほどにまで国際化しました。スポーツ競技として改良された柔道。それが「judo 2.0」です。

酒井さんは、さらにその柔道(私たちがよく知っている柔道)をバージョンアップさせた「judo3.0」を展開しています。その特徴を一言で言えば「国際交流と福祉」を合わせた柔道。柔道選手の海外派遣、海外の柔道選手の日本での受け入れ、障害を持った人たちも楽しめる福祉としての柔道など、全国各地で様々なプログラムを提供しています。

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judo 3.0代表でもあり、ソーシャルデザインワークスの監事でもある酒井重義さん。スカイプでインタビューに答えて頂いた。

酒井:judo 3.0で取り組んでいることは、まずは、日本で柔道をしている若者を海外の柔道場に派遣する民間の国際交流です。2015年に始まって、これまでに、のべ55名を6カ国に派遣しました。どこの道場に所属していても子どもたちにはチャンスがあってほしい、と思い、インターネットやチラシなどを通じて行きたい人を探すという方法で参加者を募っています。中学高校、大学で柔道をやっている若者だけでなく、小学生も参加してくれています。

海外で柔道をしている方を日本に連れて来て、日本の道場で受け入れるということも初めています。昨年は、アメリカ人2名、プエルトリコ人1名を連れて、広島、山口、愛知など5都県を回って、それぞれの土地で柔道をするという企画をやりました。全国を見回すと、強化選手の海外派遣などはあると思うんですが、草の根レベルの国際交流事業はとても少ないと思います。

実は以前、アメリカで道場巡りをしたことがあります。言葉も生活習慣も違うのに、同じ柔道をやっている人たちがいるということに感動して、自分の居場所が世界中にあるんだと思いました。それは、言い換えれば、いざという時に駆けこめる場所があるという安心感でもあります。つまり、柔道で救われる人がいるということです。インフラとして、そしてセーフティネットとして機能するだろうと、その時に思いました。

酒井さんがアメリカの柔道場を巡るきっかけになったのが、司法試験に合格した後、司法修習で訪れた福岡。初めて訪れる福岡で、柔道の稽古に行った酒井さん。あっという間に友人ができ、柔道の「つながる力」を確信したと言います。そしてその確信を持ち続けた酒井さんは、アメリカで運命的な体験をすることになります。

—柔道がもたらす「つながる力」と「自己肯定感」

酒井:福岡は初めて訪れる土地でしたが、稽古が終わったら何人も知り合いができたんです。スポーツというのは人をつなげるツールなんだなと思いましたし、もしかしてこれは国を超えるんじゃないかと思ったんです。弁護士になってからは、仕事も忙しくてまとまった時間が取れなかったのですが、勤めていた法律事務所を辞めた時に、ようやくアメリカの道場を巡ることができました。

アメリカではすごく歓迎されました。一緒に柔道したら、すぐ仲良くなっちゃって、メシ食いに行こうとか、どこに行ってもそんな感じでしたね。柔道をやっている外国人って、すでに日本文化に惹かれてる人たちの集まりみたいな側面があるので、選手として強い弱い関係なく歓迎してくれて、これが自己承認につながるんです。日本の若者が海外に出る入り口として、柔道はとてもいいスポーツだと思いました。

アメリカから日本に戻ってきて、すぐに、日本や海外の柔道場を紹介するサイトを作りました。でも、あったのは思いだけで、事業化するようなアイデアはまったくなくて、マネタイズも考えていなかったんです。それで、柔道を続けながらも法律相談の仕事をしながら個人で働いていて。その時に声をかけられたのが、株式会社LITALICO(当時の「株式会社ウイングル」、以下リタリコと表記)の北山さん(ソーシャルデザインワークス代表)でした。

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世界中に選手が存在する柔道は日本人の国際交流に最適のスポーツ。

酒井さんと北山さんは共に東北大学の出身。共通の知人に、北山さんが「弁護士を誰か紹介してほしい」と声をかけ、そのオファーがたまたま酒井さんに届いたのです。酒井さんは、ベンチャー企業として成長過程にあったリタリコの法律アドバイザーとして関わることになり、その後、社員となり、運動プログラムの開発と普及に奔走しました。

酒井:リタリコで関わらせてもらったのが運動プログラムの導入です。それを始めるにあたって大きな影響を受けたのが、ハーバード大学のジョン・レイティという脳科学の先生でした。レイティ先生は、運動が脳に対してどのような効果があるのかを研究した先生です。著書の中には、うつ患者が運動すると、抗うつ剤と変わらないくらいの効果があるという記述もありました。

運動がもたらす自己肯定感がカギです。運動するとなんとなく気持ちが高揚したり、悩みが軽くなったような気持ちがするのは、脳の働きだとレイティ先生は言うんですね。これは、私が柔道で感じてきた自己肯定感や充実感と同じでした。それで、リタリコのプログラムに運動プログラムを入れることになったんです。

リタリコには、都合5年弱勤めさせてもらいました。それまでは弁護士として個人として仕事に当たるという経験しかして来なかったので、企業で仲間と働く体験は本当に貴重でした。サービスを提供することで利益が出て、利益が出ると仲間が増えて、仲間が増えて組織力がつくと、さらにいいサービスを提供できるという、すごくいいサイクルを経験できました。その経験が、その後の私を支えてくれましたね。

−柔道には多くの人たちを救う力がある

酒井さんの活動の根底にあるのは、運動で多くの人たちを救いたいという思い。なぜなら、酒井さんもまた、運動に、そして柔道に救われた一人だからです。司法試験に失敗していた頃、酒井さんを作ってくれたのが運動でした。身を以て体験しているからこそ、運動療法や柔道の可能性を信じているのです。

酒井:レイティ先生も言っているのですが、運動をすると自動的に自己肯定感が上がります。僕にも経験があります。司法試験に落ち続けた頃、本当に心が参ってしまって、また落ちたらどうしようと考えてばかりいました。そんな時、ふと思い立ってジョギングしてみたんです。すると、なぜか気持ちが晴れやかになって、今悩んでも仕方ないかなと思えて。当時は不思議でしたが、脳の働きでそうなるんです。

そのように、運動というのは自己肯定感を高めてくれるものです。それに加えて、柔道の場合は、フィジカルコンタクトがあるせいか、人と人の距離を縮めてつながりを生み出してくれますし、それだけではなく、世界中に散らばる道場が、誰かにとっての居場所になることで、さらに自己肯定感を高めてくれるんです。私たちが、国際交流と福祉、この2つを活動の軸にしているのは、そのような理由があります。

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酒井さんの手がけるプログラムの一部。多様な人たちが柔道を介して交流を図る。

福祉の面で今取り組んでいるのが、障害のあるなしを問わず柔道できる環境を作ること。人材育成や人材交流を活動に組み込んでいます。例えば、愛媛県に発達障害の子供もできる柔道クラブを立ち上げた先生がいるのですが、その道場の先生にも加わってもらい、福祉としての柔道をどう広めるかを考えるフォーラムを開いてきました。

先日も、関西の女性が、貧困など何らかの問題を抱えている子どもたちの場所作りとして柔道場をやりたいと相談にきてくれました。その方には、先ほど紹介した愛媛の道場などに視察研修に行ってもらったのですが、そんな風にして、福祉としての柔道に関心のある人が現場で学べるようなプログラム作りをしているところです。

嘉納治五郎が柔道を創始したのが1882年。治五郎がもっとも大切にしてきた言葉に「精力善用」「自他共栄」という言葉があります。世の中の役に立つことのために能力を使うこと。そして、互いに信頼し、助け合うことができれば、自分も、他の誰かも共に栄えることができるということ。酒井さんのjudo 3.0は、何より治五郎の教えに忠実であるように思えます。

酒井:日本には、部活動なども合わせれば、柔道クラブが9,000あると言われています。道場1軒で発達障害の子どもたちを10人受け入れることができたら、日本全体で9万人もの子どもを受け入れることができます。莫大な予算をかけて新しい施設を作る必要なんてありません。柔道には、それができる力が絶対にあると思っています。

そのために必要なのが柔道で「つながる」人たちを増やすことです。言葉が通じないのに不思議と外国の人と仲良くなったとか、福祉サービスを必要としている人と一緒に柔道したら彼ら彼女らが笑顔を見せてくれて自分も元気をもらったとか。柔道でつながることに価値を感じる人を増やして柔道を「3.0」にアップデートしていく。これからの時代、それが必要だと思っています。課題もまだまだありますが、発信力を高めて、judo 3.0のネットワークを世界中に広めていきたいと考えています。

 

profile 酒井 重義(さかい・しげよし)
宮城県石巻高等学校柔道部卒。東北大学法学部・同大学院法学研究科修士課程修了。元弁護士。
柔道三段。都内の法律事務所で弁護士として活動後、
近年の脳科学などから社会をよくするポイントは「運動」と「つながり」を軸にした教育・福祉・医療の再構築にあるとの認識に至り、
福祉系ベンチャー企業における運動プログラム導入支援、発達障害児向け運動療育福祉施設の経営などを経て、
2015年1月、judo3.0(「海を渡って柔道をしたら世界が変わった」実行委員会)を設立。

 

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小松理虔|ヘキレキ舎
小松理虔|ヘキレキ舎
フリーライター。いわき市小名浜在住。UDOK.というオルタナティブスペースを主宰しつつ、地域に根ざした企画、情報発信、地産商品のブランディングや営業支援などを業務とする個人事務所「ヘキレキ舎」を運営中。