INTERVIEW

ごちゃまぜの商店街を取り戻すために

 

いわき市平の駅前にある飲食店「スタンツァ」。いわきの食材をふんだんに使った料理やお酒が人気のお店です。シェフの北林由布子さんは、昨年ゲストハウス立ち上げの構想を明らかにしました。料理人が、なぜ「場」のプロデュースを志すようになったのか。料理、場づくり、そして平の町のこと。ずっと気になっていたことを北林さんに聞いてきました。

interview
北林由布子さん
ごちゃまぜの商店街を取り戻すために

 


 

いわき駅のそばで、いわきの食材を使ってるレストランでオススメある? と聞かれると、まず頭に浮かんで紹介したくなる。スタンツァとは、そんな飲食店。野菜も卵も、お肉も、そしてワインも、食材の多くは地元産で、シンプルに調理した料理を提供してくれる。スタンツァとは、多くの人にとって地域とつながる飲食店であり、北林さんはあくまで「シェフ」です。

ところが、北林さんは、昨年になって「ゲストハウス」の立ち上げを宣言したのです。店舗のあるビルの1階と2階部分を大幅に改築し、1階部分はラウンジに、2階部分を宿泊スペースにし、いわきを訪れる人たち、いわきに暮らす人たちがまじりあうような、都市の「玄関口」になるような、そんなゲストハウスを作りたいと。それは意外な構想のように思えました。

北林:ゲストハウスのことを宣言してから、みんなに「えっ?」て言われることがよくあるんですけど、私のなかでは自然なことなんです。この場所を人が集う場所、境遇が異なる人たちが集う場所にしたいという気持ちは、実は店を開けた時から一貫していて。だから、ゲストハウスをやろうと思ったことも、自分ではとても自然なことだと思っています。

1階と2階で店を経営している両親も引退が近くなって、そこに新しく何か作ろうってなった時に、タイミングよく岸井大輔さんという劇作家に出会いました。岸井さんから、地方で活動している人たちの話を聞かせて頂いて、自分でも調べたり考えたりしているうちに、どう考えたって大変だけど、やっぱりゲストハウスがやりたいって思っちゃったんです。この店は駅前にあるし、外の人も来やすい。3階が飲食店だから、いわきの食にも出会ってもらえるなって。

来年3月にスタンツァが15周年になるので、そのタイミングでゲストハウスの工事が始められればいいなって思っています。まっとうにやると予算がかなりかかってしまうので、DIYでできることはやりたいし、作っていくプロセス自体を「場」にしていきたいと思っています。スタンツァのオープンの時のローンをやっと返し終わるというときに、なんでまた私は借金しようとしてるのか、バカじゃないのかって自分でも思うんですけどね(笑)。

 

地元である「平」という町への思いを語ってくれた北林さん

 

北林さんにお話を伺っていると、北林さんにとってスタンツァというお店は、地域の食を味わう飲食店であること以上に、その食を楽しもうという人たちの集う「場」としての意味合いが強いのだということが分かってきます。なぜ北林さんは「場」を志向するようになっていったのか。北林さんの思考を探るため、スタンツァの開店の頃のお話を伺いました。

北林:実は、いわきに戻ってきて、この店を始めるときもそうだったんです。ここに何があったらいいだろう、何をやろうと思ったとき、人を呼べる業態がやりたい、だったら飲食だなって思って。もともと料理は好きだったので、30歳になってから夜間の料理学校に入って、昼は飲食店で仕事をして、それでキャリアを積んだ感じですね。

ちょうど飲食店を作ろうと考えていた頃にお手伝いしてたのが「イタリアンバール」でした。東京にも、まだ一人二人くらいしかバリスタがいない時期でしたので、お店には、東京に暮らすイタリア人たちが大勢やってきていて。おしゃべりをする人もいれば、一杯だけキュッと飲んで帰る人がいたり。初めて来た女子高生と、犬を連れていつもやってくる常連のお爺ちゃんが会話してたり、雰囲気がとてもいいんです。

こういう、いろいろな人たちが自然とコミュニケーションができる場って本当にいいなと思いました。スタンツァのあるいわき駅前は、当時はどんどん店が閉まっちゃって、商店街で思い出を作れるような感じではなかったんです。だから、平のまちなかにこんな場ができたらいいなと思って動き始めたというか。だから正直、食というよりは場を作りたいって考えなんです。

当時は個室ブームで、スタンツァを開くときにも座席数を増やせるからと個室を勧められたんですが、女子高生と老人が接するっていうのが私のなかで大事だったので、絶対個室にはしないぞって。だって、違う人たちと同じ空間にいるという状況って、こういう場でしかできないじゃないですか。

いわきは車社会で、みんな車で過ごしてしまうし、異なる境遇の人たちや、自分とは違うように見える人たちと触れ合える場って意外にも少ない。だから、スタンツァは境目をなくして、いろいろな人たち、異なる人たちが集まる場にしたいと思いました。スタンツァのキッチンがガラス張りなのも、厨房で何かを作ってる私と、お客さんの間に境を作りたくなかったからです。

人の集う場をつくりたい。だからこそバールでなければならなかった。その思いは、スタンツァのカウンターに残っています。お店を入るとすぐ左にカウンターがあり、そこだけ見ると、完全に「バール」になっているんです。今でも「一杯だけここでコーヒーを飲んで帰る人がいます」と北林さん。地元食材を使ったレストランである前に、この店はバールである。そんなところに、このお店の本質が現れているのかもしれません。

 

食材や料理だけでなく、その目線は「地域」にも向けられていました

 

−地元の食の担い手としての矜持

バールを志したスタンツァが、地元食材と近づいたのが、東日本大震災と原発事故でした。北林さんは、震災後、風評被害などに苦しむ生産者の間を奔走。地元の食材の魅力を伝えるため、料理の多くに地元産食材を使い、それを発信してきました。それがまた評判を呼び、店には県外からも客が訪れるようになっています。

しかし、北林さんを突き動かしたのは、料理人としての誇り以上に、この平に生まれ育った人間としての誇りだったのかもしれません。北林さんは「自分の生まれ育った平の、しかも店の前の通りがニュース番組でゴーストタウンと呼ばれて悔しく思いましたし、やってやるって気持ちになったんです」と当時を振り返ります。

北林:この場所で、この後も店を続けていこうと考えたとき、この場所だからこそやんなきゃいけないことがある、そこで何事もなく店を続けていくということはしたくないって思ったんです。そんなときにフレンチシェフの萩春朋さんに出会っていろいろな農家さんを紹介してもらって、食の安全、安心のことなどをもっと知りたいと思うようになりました。

好間にある生木葉ファームに行って野菜を頂いたときに、初めてエスプレッソを飲んだ時と同じくらいの衝撃を受けました。「なんだこれは!」って。本当に素晴らしい畑で、野菜も美味しくて。土づくりや肥料づくりなどもゼロから自分たちで行うような農場で、すべてにとてつもない手間がかかっていて。

畑に出るようになって野菜を見る目も変わりました。大きさや形が揃った規格品の野菜を見ると、逆に「なんだこれ?」って思っちゃうんです。直接野菜をもらっているので、揃った野菜なんてひとつもなくて。人参が二股になってたり、先が割れてたり、結構バラバラでぐちゃぐちゃ。でもそれがおいしくて。

間引きで採った野菜も、細い人参や大根も、旬を過ぎた後の野菜だってそれぞれにおいしさがある。それを畑で見つけることができました。バラバラでぐちゃぐちゃで、でもそれぞれに美味しい食べ方があるって人間も同じですよね。個性も、置かれてる状況もバラバラ。だから、それを受け入れないと、本来不自然のはずなんです。

私はもともと場づくりに興味があったので、ああ、地域も店も同じだなって思うようになりました。そもそも違う人たち、状況も立場も年齢もバラバラな女子高生もおじいちゃんも労働者もバールみたいに集まってきて、それぞれがそれぞれに時間を楽しむ。そういう空間が作りたいんだな、結局私がやってることは、最初からずっと場づくりだったんだなって再確認しました。

 

ゲストハウスという新しい夢。北林さんの挑戦はまだまだ続きます

 

ぐちゃぐちゃで、バラバラな人たちを受け止める場所。それが、北林さんの考える場。野菜もバラバラ。バールに集まってくる人もバラバラ。そんなぐちゃぐちゃの、ごちゃまぜの状態が、なんの違和感もなく存在しているのが「まち」なのかもしれません。

北林:なんで平の町に戻ってきたかっていえば、この場所に生まれ育って、生まれた時から商店街を見てきた人間として、この商店街の衰退になにかしなくちゃいけないって、言いようのない勝手な責任感みたいなのがあって。ぐちゃぐちゃだからこそ、でこぼこだからこそ、それぞれに逃げ込める場所があったり、いろいろな人たちの出会いがある。そういう商店街をなくしちゃいけないって思うんです。

地域は、ますます画一的なものになって、便利なサービスとか、大型店とかがどんどん増えてますよね。でも、そういう時代だからこその商店街の価値があるんじゃないかって、この数年ずっと考えてきました。

まちって、野菜と同じように、規格品じゃないでこぼこした人と出会う場所だなって思いますし、そういう泥臭いアナログな体験ができる場所こそ、商店街が生き残る道でもあると思います。実は、もりたか屋の会田くんたちと始めた「三町目ジャンボリー」も、そんな意味を込めてるんです。

今の若い子たちって、商店街で過ごした思い出がないから、商店街に愛着が湧くはずがないんです。だからまずは、この商店街のでこぼこを楽しんでもらって、いつの日か、商店街のなかに、思い悩んだ時に逃げ込めるような場所ができて欲しいし、そういうのを作れる商店街でありたいと思うんです。

ゲストハウスもそういう場所にしたくて、20代、30代くらいの興味のある人たちが運営してくれた方がいい。それでいろいろな人に声をかけているんですが、なかなか見つからなくて。任せる人が見つからなかった時は、スタンツァを一旦ストップしようと思ってます。スタンツァは少し休んで再開できるけど、ゲストハウスは、この町の生き死に関わる問題だから。誰か、興味ある人はいませんか?

 

北林さんの地元、平三町目。古き良き商店街の良さを残しています。

 

プロフィール 北林由布子(きたばやし・ゆうこ)
イタリアンバールLa Stanza(スタンツァ)オーナーシェフ。平駅前育ち。高校卒業後上京。2004年に帰郷し「スタンツァ」開店。
震災原発事故を経験し、顔の見える生産者から安全で極上の食材を直接入手するスタイルになる。
F’sKitchen理事。いわき夢ワインを育てる会理事。三町目ジャンボリー実行委員。

 

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全国各地にライターやプロボノを抱える編集社。タブロイド紙|GOCHAMAZE timesの季刊発行、および、地域の方々と共創するごちゃまぜイベントの定期開催により、地域社会の障害への理解・啓発|年齢・性別・国籍・障害有無に限らず多様な”ごちゃまぜの世界観”をデザインし続けている。