INTERVIEW

多様な生き方を選び取れる社会に

SPECIAL INTERVIEW
大場 奈央さん
コンサルタント/シンクタンカー

多様な生き方を選び取れる社会に

今年からソーシャルデザインワークスにプロボノとして関わって頂いている、大場奈央さん。首都圏を中心に、ユニバーサルデザインの提案、福祉に関する調査研究などを行っていらっしゃいます。その大場さんに伺ったのは、ユニバーサルな社会デザイン。自身の経験と理論をもとに紡ぎ出される大場さんの言葉、そして理念。障害とは何かを考える、大きなきっかけを与えてくれます。

 

すっかり定着しつつある「ユニバーサルデザイン」という言葉。そもそも、障害者だったアメリカのデザイナー、ロナルド・メイスが提唱したもので、多くの方に使いやすいものを作る設計手法として発明されました。似た言葉に「バリアフリー」がありますが、メイス自身が「障害者だけの特別扱い」に嫌気がさし、発案されたものだと言われています。

バリアフリーは、障害者・高齢者などに配慮されて策定されますが、ユニバーサルデザインは、能力差や国籍の違いなどに配慮しており、すべての人が対象とされています。普及の方法も大きく違い、バリアフリーは、法律などで規制することで普及させる行政指導型が多く、ユニバーサルデザインは、良いものを褒めたたえ推奨する民間企業が取り入れるという形が多いようです。

大場さんは、学生時代にユニバーサルデザインを学び、フリーランスとなった現在でも、ユニバーサルデザインの観点から、公共施設のアドバイスや調査研究、NPOの支援などを行っています。当法人ソーシャルデザインワークスでも、大場さんには、利用者へのアンケート調査や、ごちゃまぜイベントの運営などについて関わってもらっています。

大場:ソーシャルデザインワークスが推進している「ごちゃまぜの世界」のようなものに共感してプロボノとして参画させてもらうことになりました。今でこそバリアフリーやユニバーサルデザインという言葉を聞いたことがある人が多いと思いますが、私が初めてそれを聞いたのは高校3年生くらいのとき、今からもう20年近く前のことになります。

その時は、ちょうど乙武さんの『五体不満足』という本が出て、バリアフリーに関心が集まっていた時期でした。自分にも障害があるので、ユニバーサルデザインやバリアフリーを学んだら、自分のコンプレックスや弱点をメリットにして仕事ができるのかなと思っていたんです。でも、専門的に学ぶことができる大学は当時はまだなくて、とりあえず建築学科に入ったら学べるのではないかと言うことでまずは建築を学ぶことになりました。

ですから、自分が障害者だということが活動の原点にあります。小さいときから常に特別対応みたいな、遠足などで大場さんは一番後ろで副校長先生と一緒に歩いていこうね、なんて言われたり、障害者だから特別なのかなと劣等感を抱くようになっていました。これを克服するためには、自分の障害をプラスにできるような仕事をにつかなければポジティブに考えられないのではないかと思っていました。

 

—困っていることではなく、お互いプラスになることをシェアする

大場さんは大学を卒業後、いくつかの企業を渡り歩き、現在ではフリーランス。たった一人で仕事を受け、自分の能力を発揮しています。現在に至るまでに猛烈な奮闘があったかと伺うと、「案外そうでもない」といいます。大場さんのキャリア論を伺うと、障害者ならではのアイデアや生き方が見えてきました。しかし、それは障害の有無に関係なく取り入れることができるものでした。

大場:障害のある人は、当然、競争社会では負けてしまいます。だからこそ、自分の障害やオリジナリティーを最大限発揮して、自分で自分の能力や興味関心や、向き不向きを自分で決断していかないといけません。障害者だから助けてもらって当たり前という環境では育ってこなかったので。学生時代も、いかに自分が活きる道を探り続けてきました。

私、双子なんです。姉がいるんですが障害はなくて、でも双子として育ってきたから当然お姉ちゃんができることは自分もしたいじゃないですか。それなのに、障害を理由に違う対応されたりとか、同じ家庭で育っていて同じDNAなのに、姉と私の対応が違ってしまう。でも、やっぱり姉には負けたくないし、姉が甘受するものは自分も受けたいと思うし、やってみたいというのはありました。

自分は心臓が悪いので、就職だって体を使うような仕事には就けないし、初めから選択肢が限られています。でも思うのは、健常者は選択肢が100あるのだから、障害者だって選択肢が100なければいけないかというと、そうではないということです。結局選ぶのはひとつですから。選択のなかから自分に合ったものを選択できる能力を身につければいいだけだと思っていました。

障害があるからこそ、自分のことを良く知り、自分で選ばないといけない。でないと負けちゃうんです。大学進学を機に、自分の能力や、何が本当に自分にとって心地が良いのかをずっと考えてきました。このスキルは、もしかすると、障害のない人のほうが不得意なものかもしれませんね。数ある選択肢に迷ってしまって、結局自分の力を発揮できないということがあるかもしれません。

実は、こういう話を普通の大学で話したことがあって、大学の3、4年生が受講していたんですが、「ヒントになった」という反応をたくさんもらいました。私がユニバーサルデザインをやってたからかもしれませんが、障害者固有の生き方論みたいなものを発信することは、健常者にとっても実になるはずだと思います。そういうポジティブな価値の交換を繰り返すなかで、お互いの壁や上下関係が埋まっていくのではないでしょうか。

 

東京都内のカフェで大場さんに話を伺いました。

 

—障害者自身が変わらなければならない

大場さんの言うように、たしかに、私たちは障害について語ると「困っていることを助ける」という話になりがちです。そんな話を繰り返すうちに、障害者は困っていて、何かできないことがあって、健常者に比べて劣っているという見え方になってしまうのかもしれません。しかし、負担を一方に求めていく社会は健全ではないと大場さんはいいます。

大場:障害の話ってお互いの大変さばかり共有してしまいがち。そうじゃないときだっていっぱいありますよ。だから、お互いにプラスになることを共有したほうがいいと思います。内閣府で「心のバリアフリー」というのを盛んにやっていて、会議を傍聴したりしているんですが、障害者の生きにくさや困っていることを共有して、結局「助けてください」と言わなくちゃいけないという構図は変わっていません。障害があって大変だからこうしてください、ああしてくださいって、そういうの、飽きちゃって(笑)。

障害者自身も変わらざるを得ない状況になっているとすごく思っていて、特に差別解消法が施行されたので、これからは障害者自身がニーズや対応方法を自分で発信して解決したり、対応を求めていかなければいけない時代になってきていると思います。障害者自身が変わらず、社会にばかり変わることを求め続けていっても結局変わらない。

今は日本の人口構成が大きく変わってきています。その意味では、弱者の定義自身も崩壊してきていて、どんどん生産人口が減ってきて、若者にしわ寄せが行っている。若者自身にも余裕がないなかで、高齢者や障害者、障害者を助けて欲しいと発信するだけではまったく賛同が得られないのではないでしょうか。

一般の人から見たら、障害者って仕事もしてないし。年金で暮らしてるんでしょって言うイメージが当然あったりとかするわけです。そういう誤解をひとつひとつ取らないと意思疎通ができません。それなのに、誤解があったまま過剰な対応を要求していても、結局、障害者は障害者のままで、普通の人にはなれない。障害者自身が変わって、障害者というイメージのなかで生きることから抜け出さないといけないと思います。

 

大場さんのこれまので経験や、紡がれる言葉。障害の有無に関係なく、よりよく生きるために必要なこと。

 

—多様な生き方や働き方が認められる社会へ

現代の日本では、若者に大きな負担が課せられていて、あらゆる配慮を求められているような状況があります。「弱者は保護されるべき」という話だけでは、世の中がかえって不公平になってしまう。だからこそ、そもそもの権利の平等性をもう一度思い出しながら、多様な決断や判断が尊重されるべき社会を目指すべきだと大場さんは言います。

大場:例えば、満員電車とかで、前から高齢者が来ました、席を空けないといけない、というとき、その高齢者には、「席を替われ!」という権利があるわけではないし、座っているほうも席を替わらなければいけないわけではない。障害者の議論とかも同じで、立場が違うからこちらには対応を求める権利があるけれど、そちらにその権利はない、という話になりがちなんです。でも、そもそもお互いが持ち合わせている権利は同じだよね、というところから始めなければいけないんじゃないかなって。

席を代わって欲しいと言われて「オーケー」と返せればいいけれど、「ごめんねちょっと疲れてるんだよね」ってことも言える世界のほうが大事なんじゃないかと思うんです。私も酸素を付けて電車に乗ったりするんですが、一番席を代わってくれないのは実はサラリーマンです。やりたくないのに無理強いさせる権利なんて誰にもないはずなんです。でも、それを社会にしてしまっている気がするんです。

そういう社会にするためにも、制度やハードを変えていかないといけません。それが私の仕事ということになりますが、生活保護とか障害者年金とかをもらう時って、いかに自分が弱者でかわいそうな人間かを証明しないと制度上、受け入れてもらえない。そんなことをしないともらえない制度が間違っているんじゃないかと思うんです。

それから教育や生き方も、多様にならなければいけないと思います。私は1年前まで社会人大学に行っていたんですが、社会人になっても学ぶことが必要だと思いますし、自分の生活や学びが結びついていって、学びながら自分の生活を自分で支えられるような術を障害のある人もできるようにしていく、そういう環境にしていかないといけない。もちろん、これは障害者に限った話ではありません。

正社員になれなかったらずっと正社員のレールを外れたままなんて社会はおかしいですよ。もっと雇用が柔軟になったり、社会人になっても学びたい、学生に戻りたい、そういう生き方や働き方ができないといけないのではないかと思います。そうしないと、自分の異なる生き方をする人や、自分とは異なる人生の選択をした人を尊重したり共感しあったりすることはできません。それってユニバーサルデザイン以前の問題のような気もします。

みんなと仲良くならないといけないみたいな考え自体がそもそも間違っていると思います。仲良くしたい人と仲良くすればいいわけで、気が合わない人は攻撃するんじゃなくてほっときゃいいんじゃんって。そこが無いので、皆が息苦しくなってしまうのではないでしょうか。生き方や働き方が多様になること。それができてようやく他の人の選択や個性や考えの違いが受け入れられる社会になっていくと思います。

それに建物だって、バリアフリー法の基準を守っているだけではなく、もっと多様な人たちを受けられるものにならないとまずいでしょって思っています。ユニバーサルデザインの基礎を上げることを自分自身専門としているので、もっと頑張ってもらわないといけないと思っていますし、どうしたら自分の能力を発揮してユニバーサルデザインに関わり続けられるかを、これからも考え続けたいなと思っています。

 

profile 大場 奈央(おおば・なお)
1980年東京都生まれ。大学では建築学部に所属し、ユニバーサルデザインやバリアフリーを学ぶ。その後、シンクタンクなどでの勤務を経て独立。現在はフリーランスの立場で様々な活動を行っている。2017年よりNPO法人ソーシャルデザインワークスにプロボノとして参画。

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小松理虔|ヘキレキ舎
小松理虔|ヘキレキ舎
フリーライター。いわき市小名浜在住。UDOK.というオルタナティブスペースを主宰しつつ、地域に根ざした企画、情報発信、地産商品のブランディングや営業支援などを業務とする個人事務所「ヘキレキ舎」を運営中。